2022/09/06

ドイツ代表再建プロジェクト「TEAM2006」を知ってる?

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 今からちょうど20年前の今日、ドイツ代表が再建を託したプロジェクトチーム、「チーム2006」が初めて国際舞台でお披露目となった。・・・、チーム2006?あまり聞き慣れない言葉かもしれない。いったいどのような目的で、どのような選手が在籍し、最終的にはどのような結果をもたらしていったか。改めて振り返ってみよう。

 2000年7月6日、ドイツは2006年のワールドカップ招致を勝ち取った歓喜も束の間、直後のユーロ2000においてグループリーグ最下位敗退という惨めな成績に終わり、危機感を覚えたドイツサッカー連盟が2001年10月7日に発足したプロジェクト名こそ、「チーム2006」である。

 その目的は将来性のある若手選手に国際舞台の経験を積ませることで、A代表の底上げを図っていくことにあり、2002年から2005年までに開催された10試合で、合計73選手がプレー。中でも最も多く出場したのがGKジモン・イェンチュ(7試合)であり、そのほかマリオ・ゴメス、アルネ・フリードリヒ、ジモン・ロルフェス、ケヴィン・クラーニィなどもいた。

 対戦相手はトルコとスコットランドと3試合、ロシアと2試合、ポーランドとオーストリアとそれぞれ1試合ずつ組まれ、その戦績は4勝4分2敗。世間の注目は非常に限定的なもので、観客の動員数も限られた範囲のものでしかなかった。一方で発足時には日韓W杯準優勝を果たすも、再びユーロでグループリーグ敗退を喫したドイツは、W杯母国開催2年前にもかかわらず、2004年夏にまだ監督未経験だったユルゲン・クリンスマン氏を招聘する事態にまで発展。

 その時にアシスタントとして代表入りしていたのが、後に15年にわたり代表監督を務めることになるヨアヒム・レーヴ氏であり、当時あらためてチーム2006の存在意義について「ブンデスリーガで好成績を収めた選手たちを、きたるW杯をにらみ招集できるという事は良いことだと思うし、A代表の視野が広がる」と評価。

 そんなドイツ代表の混迷期の中で発足されたチーム2006に参加した若者たちは、実際に母国開催のワールドカップでどのような結果を残すことになったのか。フリードリヒとボロウスキは6試合に渡って出場し、マイク・ハンケは1試合、ティモ・ヒルデブランドは出場機会はなかったもののチームには参加。

 ちなみにドイツは最終的には3位と母国のメンツを保つことには成功しており、それから就任したレーヴ監督の下でドイツ代表は、最終的には在任期間110人以上のデビュー選手を輩出していく指揮官の下、チーム2006の選手たちも様々な形で関わりながら、強豪国復活の道を歩むことに。そしてチーム2006発足から12年目の夏、遂にブラジルの地でドイツはワールドカップ優勝の時を迎えることになる。
 

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