2023/03/23
kickerコラム:サーカス団長エジル、周囲を輝かせた世界王者への感謝

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メスト・エジルは、世界的なスター選手であり、またワールドカップ優勝も成し遂げたMFである。彼は常に論議を呼ぶ存在にもなっていたが、ドイツ人のイメージからかけ離れたプレースタイルこそが彼の真骨頂であった。ここに改めて感謝の気持ちを記していきたいと思う。
2010年夏、『スペシャル・ワン』としての存在感をインテル・ミラノで解き放ったジョゼ・モウリーニョ監督は、三冠達成を置き土産に今度はレアル・マドリードへの移籍を果たす。そこでは圧倒的な力をみせていたFCバルセロナの牙城を崩す任務を託されることになるのだが、その攻撃の中心選手として当初、インテルからウェスレイ・スナイデルを伴うことが予想されていたものの、ポルトガル人指揮官の判断はそれに反してドイツから、ヴェルダー・ブレーメンでブレイクを果たしたメスト・エジルに白羽の矢を立てるというものであった。
ドイツ代表が突如としてスペイン代表のようなサッカーを展開するようになった、それは一重にメスト・エジルの存在があってこそである。彼の頭脳明晰、広い視野、そして繊細なテクニックが織りなされたプレースタイルは、これまでのドイツサッカー界の典型であったむしゃらな走りやタックル、時に流血も伴うようなハードファイトスタイルとは異なり、文字通り一躍時の人となっていった。ただ、2018年のロシア・ワールドカップ前後では、トルコの独裁者エルドアン大統領との親密な関係性に注目が集まることにもなるのだが。
またそのプレースタイルも注目の的となった。常に落ち着き払った様子で必死さをさほどみせることなく、いとも簡単に他の選手たちとは異なる方法で対処してしまう。それが他よりもいかに優れていたかは、ユース時代からシャルケ、ブレーメン、そしてレアルという道筋からも見て撮ることができるだろう。2013年にFCアーセナルへと移籍が決まった際には、クリスチアーノ・ロナウドは「ピッチ上での僕の動きを誰よりも理解してくれる」選手の放出に強い憤りをみせた。勝ち点100という偉業を達成したスター軍団のレアルにおいてもエジルは異彩を解き放ち、攻撃的選手であるにも関わらず得点に固執せず躊躇わずにパスを供給していく。
エジルは『ロイヤル・サーカス』劇場の団長としてそのゲームインテリジェンスを駆使し、絶妙なタイミングで手を差し伸べてプレーヤーたちを巧みに操り配置していった。これこそ飄々としたエジルの無欲さが、強烈な個々のキャラクターの集まりを1つのチームにまとめ成功に導いた理由にほかならない。よく言葉にされるように本来いいサッカー選手と呼ばれる者は、周囲にいるチームメイトのより多くと相互作用を発動させ、さらに高めていくことができる選手のこと。それをあれほどの最高峰の舞台で実践できる選手は滅多にいるものではない。実際に周囲を輝かせすぎるとその分、自分の存在も薄くなるという二面性も秘めているのだから。
最終的にレアル時代では3年間で27得点、アシスト数は81を記録しており、ドイツがこれまで輩出してきたタイプとは異なるスター像に、批判的な声を挙げる物も決して少なくはなかった。ただそれでも2014年のブラジルワールドカップでのその功績は、多くの人が認めるところだろう。たとえ大勝したブラジル戦でも無得点だったとしても、他の選手が流血するほどのプレーなどで賛辞を受けたりするその背景で、エジルはゴール前のパスで全てを変えてしまうゲームチェンジャーであったこと。そして2012年と2013年のUEFAワールドチーム・オブ・ザ・シーズンへと選出され、ドイツでも2011年から2016年の間に年間最優秀選手賞に5度選出するという、現役中最後までクリエイティビティの欠如を指摘されなかった稀代にプレーメイカーが残したその功績は誰もが認めるところだ。