2022/11/30

W杯開催国として、史上最低の試合を演じてしまったカタール。

©️IMAGO

 確かに今回のホスト国であるカタール代表は、2019年のアジアカップ決勝でドイツを倒した、日本代表を下し見事初優勝という快挙を成し遂げた。その後はワールドカップに臨むまでに52試合という異常な数のテストマッチを繰り返し(26勝11分15敗戦、得失点82:61)、チームの強化を精力的にはかってはきたものの、蓋を開けてみればエクアドル戦で0−2、セネガル戦で1−3、そして最後のオランダ戦で0−2と、その大きな期待とは裏腹に惨敗。何も結果を残すことができず、間違いなく過去の開催国としてもっとも貧弱な戦いぶりを露呈する結果をなっている。

 実際に12年前の南アフリカ大会では、南アフリカ代表もまた開催国でありながら、W杯史上初めてとなる開催国のグループリーグ敗退という憂き目をあった。ただその時に組み込まれたグループはウルグアイ代表、メキシコ代表、そしてフランス代表という厳しいものであり、その中でも下馬評で低かった南アフリカは勝点4を確保するなど奮闘。最終的に敗退したもののそれはメキシコ代表と勝点で並んでの結果であり、フランス代表から価値ある勝利ももぎとっている。だがカタールは勝点1さえ確保することができなかった。得点差は全て2点差であり、超満員となった開幕戦では後半から客席がガラガラに。第2戦ではかんこ鳥が鳴く劇場のような雰囲気の中で母国開催のW杯を戦っていたのである。

 開催国のこれまでの歴史を振り返ると、第1回のウルグアイ、第2回のイタリアがそれぞれ優勝を果たし、第3回のフランスは8強で姿を消した、ただ1938年当時の開催方式と現在を単純比較することはできないが。1950年ではブラジルが決勝で敗戦。1954年はスイスが準々決勝で壮絶な撃ち合いの末に敗戦、1958年はスウェーデンが決勝で、1962年はチリが準決勝で敗れ、ただ1966年はイングランド、1974年はドイツ、1978年はアルゼンチンが、ワールドカップ開催国での優勝を達成。だがその後に母国で優勝するのは1998年大会のフランスのみとなってており、だがそれでも次の日韓ワールカップでは共催国の韓国代表が、物議も醸しつつも準決勝へとセンセーショナルな躍進。最終的にドイツに決勝進出は阻まれたが、いずれにしてもカタールの状況はこれら前任者のものとは余りにかけ離れたものとなってしまった。

 「これほどの大舞台で、これほどの強豪国と対戦したのだから」と、オランダ代表との最終戦後に語った、フェリックス・サンチェス監督は「私はこの試合だけに全身全霊を傾けていた」と強調し、「我々はこの自分たちの道を歩んでいかなくてはならない」とコメント。ただこの「自分たち」に2006年からカタールのユース部門で働き始め、2017年からA代表のコーチを務めてきた同氏が含まれるかについては、「正直言って、反省し考える必要があると思う」と明言を避けている。しかし「ファンの皆さんの応援、そしてこのワールドカップを共に盛り上げてくれたことに感謝しています」という言葉は、もはや別れの言葉のようにも聞こえるものではあるが。

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