2024/01/10

「ドイツサッカー界で最も偉大」なフランツ・ベッケンバウアー氏が他界

©︎IMAGO/Sven Simon

 ドイツサッカー界の象徴、フランツ・ベッケンバウアー氏が他界した。78歳だった。これは家族から明かされたもので、「私たち家族にとって夫であり、父親であったフランつ・ベッケンバウアーが、日曜日に家族に見守られながら息を引き取ったことをご報告いたします。静かに、悲しみに暮れており、いまはどのようなご質問にも控えさせていただきますことをご容赦いただければと存じます」と綴られている。

 プレーヤーとしてもコーチとしても、フランツ・ベッケンバウアーほどドイツサッカーを形作った人物はいないだろう。選手としてはワールドカップ優勝とユーロ制覇(1972年と74年)を成し遂げ、また監督としては1990年にイタリアワールドカップにてドイツ代表を優勝へと導き、またクラブレベルにおいてもバイエルン・ミュンヘンにおいて大きな成功をおさめた人物だ。

 そのプレースタイルは「優雅さと軽やかさ」を非常に印象的に残す選手で、近年では長谷部誠によっても話題となった『リベロ』の役割を本質的に再定義した人物でもある。特にその攻撃的な解釈によって披露したそのパフォーマンスは、これまでのリベロの中でも彼に匹敵する選手はまだ存在しないといっても過言ではない。

 そしてキャリアの晩年には米国コスモス・ニューヨークでプレーし、そこでは既に他界したペレ氏とチームメイトに。またブンデスリーガでのキャリアの終焉はハンブルガーSVで、それもリーグ優勝という華やかさと共に有終の美を飾っている。(ブンデス通算424試合、ドイツ代表通算103試合、バロンドール2度受賞)

 指揮官としてはまだライセンスを保持していないにも関わらず1984年にドイツ代表へと就任し、その2年後にはワールドカップ決勝へと導くと、その4年後にはワールドカップ優勝を達成。後任としてベルティー・フォクツ氏に譲った後は1990年代なかばよいバイエルンに戻り、1994年にリーグ優勝。1996年にはUEFA杯優勝。マリオ・ザガロ氏とディディエ・デシャン氏と共に、選手としても監督としても世界の頂点にたった3人の1人だ。

 ピッチを後にしてもその存在感が色褪せるようなことはなく、2006年のドイツワールドカップ誘致への成功につながるものの、それから不正問題が続いてベッケンバウアー氏のこれまでの歩みにも影を落とすこととなり、また近年は眼梗塞、心臓手術、認知症を伴うパーキンソン病と健康問題を抱えて、公の場から姿を消すことに。そのためワールドカップ優勝33周年記念式典に出席できず、この日ドイツはサッカー界で最も偉大な人物の死を知ることになる。

 バイエルンのウリ・へーネス名誉会長は「バイエルン史上最も偉大な人物であり、選手としても指導者としても会長としても、なによりも人間としても彼が忘れられることはないだろう。彼のレベルにまで到達することは恐らく今後不可能だ。フランツ・ベッケンバウアーの中に人々はサッカーをみていた。そして私にとって彼は友人であり仲間であり、皆にとって贈り物であった。親愛なるフランツ、安らかに眠れ」とメッセージ。

 カール=ハインツ・ルメニゲ相談役も「深い悲しみに襲われている。フランツはドイツサッカーの歴史を刻み、決して色褪せることのない影響力を残していった人物だ。またバイエルンでは私にとって彼はキャプテンであり、代表であり、代表でも監督であった人物。その足跡は成功に彩られただけでなく唯一無二の存在感を解き放っていた。逆に彼は全ての人々に多大な敬意を払う、その人格面でも非常に感銘を与える人間であり、いまドイツサッカー界は歴史の中でもっとも偉大な人物を失った。これからその喪失にくれることになる。ありがとう。親愛なるフランツよ!」と語っている。

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